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ここに来た理由。

俺は今、モルディブという国のナイファル島という島にいる。


世界地図をいくら拡大しても見ることのできないような小さな島だ。


そして、この島の学校で体育の教師をしている。


「青年海外協力隊」という肩書を背負って。。。




そもそも俺が「青年海外協力隊」の存在を知ったのは中学生の時だった。

当時、体育の先生であり、担任の先生でもあったM先生が青年海外協力隊の経験者だったのだ。

M先生は俺たちに自分の活動の様子が映っているビデオを見せてくれた。



たしか、、、ミサイルのようなものが空に飛び交って、冷戦のような様子が映し出されていたことを覚えている。


「危険だな。青年海外協力隊。でもなんかすげぇ。」



そして、時は流れ俺はいつの間にか大学生に。



いつしか俺は「体育教師」になること夢見ていた。



神奈川にある大学の体育学部で体育教師になるための「いろは」を学ぶ日々。



そんな俺が4年生になったころ就活の時期をむかえた。



周りの仲間が就活や教員採用試験の勉強を必死でしている中、俺はただひたすらバイトに明け暮れた。



俺は青年海外協力隊の試験を受けることを決め、それ一つに照準をしぼった。



就活もせず、教員採用試験の勉強もせず、「青年海外協力隊」一本でいく。



今思えば我ながら大胆な決断をしたなと。



周りの仲間が就活や教員採用試験の勉強をする中、青年海外協力隊の試験を突破するにはもっと経験が必要だと思い、「体育の家庭教師のインストラクター」、「夏休み小学校プールの指導員」、「障がい者のスポーツ教室の指導員」、数々のスポーツに関するバイトに明け暮れた日々。



汗水流した結果、手に入れることの出来た「青年海外協力隊」の切符。



しかし、




「なんで青年海外協力隊に参加するのか?」



その問いに対する明確な答えが俺は分からないでいた。



いくつかの都道府県の教員採用試験によっては「青年海外協力隊の経験者枠」が設けられている。
これはすげぇことだ。体育教師を目指す俺にとってはかなり有利になる。



でもこれじゃない。



参加することによって自分の中で「何か」が変わる。そして「何か」を得ることができるはず。



これなんだよね。



でもその「何か」が分からなくて、



いつも答えに困っていた。



でも、気づいた。



その「何か」は今は見えないもの。



見えなくていいもの。




きっとここでの2年間の活動が終わった時、




その「何か」が見えてくる。




そーいえば、これまで何度となく迷惑をかけてきた父ちゃんや母ちゃんにちゃんと理由説明したことあったっけな。

そんなこともろくに説明しないまま俺は家を離れてしまった。


DSC_1999_convert_20090917231802.jpg

グラウンドというかただの道。


DSC_2000_convert_20090917233251.jpg

石、木の根っこ、サンゴ。



とりあえず、グラウンド整備終わりました。

終わりの見えない作業に嫌気がさしたこともありましたが、

「誰のためか」って考えたら、やらない訳にはいきませんでした。




「何でこんなことから始めなきゃいけないんだ」

と心の中で文句を言っていましたが、

俺がやらなきゃ誰がやる。って自分に言い聞かせて毎日続けました。




日々きれいになっていくグラウンドと共に、俺の心も少しずつ変わっていっている気がします。





その「何か」が少しずつ見えてきた気がします。





2年後、成長した俺をおいしい手料理と共に楽しみに待ってて下さい。その時は「何か」がはっきり見えてると思うんで、「俺がここに来た理由」をゆっくり話します。






















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先週末、やっと配属先の市役所におれのデスクが用意されました。
村落はこれといった活動の枠組みが決まってない分、「これからどうやってやってこうかなぁ~」ってちょっと悩んでたけど、しょーたの記事を読んでもう一度「初心に戻る」ことにしようと思ったわ。
なんで協力隊に参加したのか?・・・大事なことだよな!
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