スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思いよ届け、チュニジアへ。

DSC00559.jpg

現在チュニジア国内が荒れている。
大統領が辞任し、新大統領も一日で辞任。
政府に対するデモなどで死者も出ている模様。


現在チュニジアでは約40人の協力隊員が活動している。
その中の一人は俺にとってとても大切な仲間だ。


協力隊員は各国に派遣される前に2ヵ月間の訓練を受ける。
その2ヵ月間で派遣国で使用される語学などを学ぶのだ。
俺は訓練当初パキスタンに派遣される予定だった。
したがって、訓練所ではウルドゥー語という言語を学んでいた。


ミミズのような文字と耳を疑うような発音。
狭い教室で毎日のようにそんな言語と格闘していた。
ホント難し過ぎて逃げ出したいと思った事もあった。
勉強が嫌になり体育館で遊んでばっかだった時期もあった。


それでも朝起きたらまた教室に行かなければならなかった。
なぜならパキスタンへの派遣がすぐ目の前に迫っていたからだ。


だから俺は必死に勉強した。


そんなある日、突然訓練所の所長に呼ばれたのだ。
そしてその時所長に言われた一言を今でも鮮明に覚えている。


「あなたたちはパキスタンに行けなくなりました。」
「今学んでいるウルドゥー語を使うことはもうありません。」


パキスタンの情勢が悪化し俺たちの派遣中止が決まったのだ。
所長室を出た時、一気に涙があふれ出てきた事を覚えている。
俺は1ヵ月後にパキスタンに行く。そうとばかり思っていた。
ただただ悔しくて、ずっと涙が止まらなかった。


その時隣りに居たのが今チュニジアで活動中の一人の隊員だ。
彼女は俺の隣りで俺以上に涙を流していた。
パキスタン派遣予定者は俺と彼女の計2名だった。
彼女はリアクションが大きくて笑い声のうるさい姉さん的存在。
朝教室に行くと彼女は必ずコーヒーを飲んでいた。
夜教室に行くと彼女は必ずお菓子を食べていた。


「あれ?ダイエットしてるんじゃないんですか?」
「明日からするよ。」
「昨日もそう言ってなかったっけ?」


俺がビビらせようとした時は決まってオーバーリアクション。
面白い事があった時は隣りの教室まで響き渡る笑い声。
勉強は大変だったけど、教室に居る時間は意外と好きだった。


夜飲み会から帰った後も教室に行けば彼女が居た。
朝もかなり早くから彼女は教室で勉強をしていたという。
そんな彼女をちょっぴり尊敬しながらも頼りにしていたのだ。


パキスタン派遣が中止になった時も俺の事を気遣ってくれた。
派遣中止を告げられた時彼女は所長に向かってこう言った。


「翔太を一次隊で行かせてあげてください。」


俺はどうしても理由があって出発を遅らせたくなかったのだ。
そんな俺を心配して彼女は所長に向かってそう言ってくれた。
そのおかげで俺はこうしてモルディブに来る事が出来たのだ。


今まで何も言わなかったけれど。
あの時俺はすげぇー嬉しかったんだよ。
ホント感謝してます、どうもありがとう。


その後俺は訓練所に残り新たな言語の習得に励んだ。
そして彼女は訓練途中で訓練所を去ったのだった。


そうして2009年6月俺はモルディブへ旅立った。
その3ヵ月後2009年9月彼女はチュニジアへ旅立った。
彼女はもう一度訓練を受けチュニジアへの切符を手にしたのだ。


チュニジアへ行って1年4ヵ月が経過した今。
彼女がまた新たな危機に立たされている。
国内の情勢悪化により現在フランスへ国外退避中なのだという。
もしこのまま不安定な状態が続けば日本へ強制送還。
そんなことも考えられる状況だ。


パキスタンに続きまたしてもかと心配でならない。
とにかく今はチュニジア国内の情勢の回復を願うばかりだ。


皆が無事2年間の任期を全う出来ますように。
そして皆が無事に日本に帰ってきますように。


遠いモルディブの島からそう願っております。




コメントの投稿

Secret

翔太バーイーへ

うるさいお姉さんとか思ってたんだ(笑)
でも、ありがとう^^元気が出た♪
これからはチュニジアと、子ども達の両方の成長を見守っていきます。
2011年ブログ訪問者数。
       
We are 青年海外協力隊!同期のブログ。
帰国カウントダウン。
FC2ブログ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。